2004年09月25日

憲法って本当に大切なものですよね

e9d82de1.jpg『日本国憲法の問題点』小室直樹・集英社インターナショナル お勧め度★★★★★
(要約はじめ)
 いま日本で議論されている日本国憲法の問題点は的外れである。憲法問題イーコール9条問題という論調が主になっているが、そもそも9条でいう「戦争」の意味合いは成立時点から二転三転しており、慣習法であるとみなしたときの憲法9条は国際法との共通点である事情変更の原則に従って、死文化されているとみなされるべきである。死人にものを尋ねるようなこれ以上の不毛な議論は避け、もっと大事な問題を凝視しなければならない。それは、日本政府が堂々と犯している憲法13条違反についてである。13条こそはデモクラシーの急所であり、これが破られているという現状を認識していない国民は目を覚まし、売国政治家・官僚どもを弾劾するのが筋である。また憲法がその機能すべき土壌をはぐくむための国民の教育問題について、さらに、憲法を骨抜きにしている官僚制度ひいてはお受験に代表される学歴偏重主義の問題についても大いに議論されなければならない。特に、日本の官僚制度は中国の科挙制度の轍を踏んでおり、憲法殺しの直接の下手人となっている現状を憂う。
(要約おわり)

 小室直樹も大学時代によく読んだものだ。というのも著者は僕と同じく大学の理学部数学科の学位をとっていることもありとにかく論理構成が抜群にすばらしい。大学で学ぶ数学というのはある意味で哲学であり、自然科学の根本をなす論理学そのものなのである。もっとも著者はその後経済学のエキスパートとなりアメリカで研究生活を送った後、東大で政治学、法学の博士となるなど、知識教養の塊みたいな人であるので、僕なんかとは比べられるような御仁ではない。まあここまで書いてみたが共通点は数学を学んだというぐらいしかないのだが、とにかく好きなのである。偶然だが、副島隆彦が尊敬する数少ない日本人知識人の一人である。

 前日の日記で僕は日本再軍備論者だと述べた。本書がその裏づけになる、いや結果的にそうなったと言うべきか。著者は要約にあるとおり、憲法問題を論じるには、死文の9条なんかは放っておいて13条をこそしっかり考えるべきだと説く。13条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」これである。憲法はそもそも国家を縛るための規則であり、その中で自国の国民を守れと言われているわけだ。それを実行するのが行政・立法であり、実行しない行政府は当然憲法違反で罰せられるべきものである。著者はこの13条に則って自衛権を確立して自衛のための軍隊をもつことは可能であると説く。まさにそのとおりでしょう。9条にこだわるのならば、はっきりと「侵略のための」軍隊はもてないことになっているので、解釈論議以前の問題である。もてないのである。でも「自衛のための」軍隊をもてないとは書いていない。これは13条から帰結されるべきもので、国民を外敵から守るための軍隊すらもてないなどということではない。だって守れない国家は憲法違反だし、国民だって徒手空拳で自分の権利を守り通すには限界がある。「話せばわかる」なんてことはありえないと『バカの壁』で養老先生が説いていらっしゃるではないか。

 そのために軍備をする。これはアメリカを狙いませんという念書さえ入れておけば(アメリカも自国に届く核兵器以外なら持ってもいいんじゃないかという姿勢だと聞く)議論のスタート地点には立てる。でも今は中国を刺激しすぎるのはよくないから水面下ですすめて、中国が何か国際的に事件を起こしてしまったときを見計らって一気に憲法改正の手続きとプロパガンダを展開するのだ(まああれだけ急激に経済成長していたら何かよくないことも起こるでしょう)。アメリカのように謀略で世論を誘導するというのは武士道の国ニッポンに住む人間としては是認しがたいし、第一謀略してもドジな国民性なのでどっかから秘密を握られてうまくいかないだろう。だからじっとその時を待つのだ。
 あっ。でも前提として、先の大戦で日本がアジア諸国に対してやってきた非人道的なルール違反については外務省からきっちり謝罪すべきだと思うよ。断っておくと、この点において渡部昇一氏とかの日本民族優秀論者とは考えが違う。やられた側は簡単には忘れられないんだから。

 では日本も韓国のように兵役を義務付けるべきか?結論から言って僕はそうすべきだと思う。武士道の精神を根付かせるには、日教組に支配されて結果平等こそがデモクラシーだと勘違いしていらっしゃる学校教育では無理だし、人が死ぬということを考えさせて初めて人間愛を認識できると僕は考えるからだ。でも中途半端ではいけない。韓国の俳優とかスポーツ選手が国民の義務である兵役逃れのスキャンダルの的になっている。容疑者を逮捕した韓国政府の行為は間違っていないし、堂々と議論することを避けて薬物で兵役を逃れようとする根性こそが問題なんでしょう。だから免除規定は一切設けない。もちろん重度の障害者など極端な例は除くが。当然女性も含む。別に最前線に行くだけが防衛ではない。体力に劣る男性・女性は補給活動とかに役立てるはずだ。男女同権。これは暴論ではないと自分では思うのだがどうでしょう。マイケル・ムーアの映画『華氏911』の最後にあったように、多数いる国会議員のうちたった一人しか息子を軍隊に入れていないようなことでは、国民はアホらしくなって一所懸命に守ろうなんて気にはならないでしょう。

 話を官僚批判に変える。憲法29条「財産権は、これを侵してはならない」についても筆者は触れている。平成2年の大蔵省(当時)のいわゆる総量規制によってバブルは破裂して国民の財産が約1300兆円(すみません詳しい数字は忘れましたが今の国民個人資産とほぼ同額でした)消えてなくなったわけだが、これをもって、大蔵省の役人が国民の財産権を侵したというわけである。この指摘は僕にとってはちょっと新鮮だった。なるほど。憲法に照らして言うと確かにそうだな。市場のことは市場にまかせるというのが資本主義の原則なのだから、役人風情が市場をコントロールしようとしたことがやっぱり間違いだったわけだ。副島隆彦の『堕ちよ!日本経済』とかにもあったように、市場をコントロールできると考える輩はどこかでしっぺ返しを食らうことになる。ジョージ・ソロスがいい例だ。そうやって国民の財産を急減させたのにもかかわらず、この役人は一切おとがめなし(経済はゼロサムなのでどこかがプラスになっているはず。浅井隆は当時のソロモン・ブラザーズがしかけたという結論を出している。いずれにしてもアメリカに渡ったことは間違いない)。しかも東京証券取引所の社長にまで天下りしていたというから厚顔無恥もいいとこだ。そう、土田正顕だ!気をつけろ!

 本当に勉強すればするほどこの国のいい加減さにあきれてしまう。僕は文字通り寺子屋を作って、近所の子供たちにしっかりとこういうことを教えていきたいと思う。もちろん子供たちだけでなくて、大人もだ。ワイドショーなんかつまらんし坊主の話でも聞きにいこかみたいなノリできてもらえるような寺子屋を開きたいなあと密かに構想を練っているところだ。

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