2005年09月20日

『トップ・レフト 〜ウォール街の鷲を撃て〜』

5fa86ceb.jpg黒木亮『トップ・レフト 〜ウォール街の鷲を撃て〜』角川文庫 お勧め度★★★★
(内容紹介はじめ)
 日系メーカーのトルコ法人による大型融資案件がもちあがり,シンジゲートローンの主幹事(トップ・レフト)を目指して世界のトッププレイヤー達による激烈な競争が始まった。境遇も思想も異なる二人の主人公のそれぞれの狙いは何か。思わぬTOBでの退却,それを挽回するための驚くべき策謀。敵味方が入り乱れ,社会情勢に翻弄されながらも1本のディールは動いていく。最後まで気を抜けない国際金融のダイナミズムを体験せよ!
(内容紹介おわり)

 専門用語が飛び交う国際金融の世界。そこは一握りのトップエリート達が集い策謀を巡らせて覇を競う場です。ちなみに僕が5年間働いたドメスティックな金融の世界とは全くレベルの異なった,いわば雲の上の人たちの主戦場でもあるわけですが,本書は僕があこがれつつも体験できなかった世界の大きさと厳しさをまざまざと見せつけてくれました。僕があのまま目一杯勉強していても到底彼らには敵わなかっただろうなあという読後の憔悴感。それを体験できただけでも本書を読んだ価値があったかなとさえ思います。

 本書は,シンジゲート・ローンの主幹事(専門用語でトップ・レフトと言う)を巡る銀行同士の攻防の激しさや,ボロワー(借り手)との条件交渉,主幹事を獲得してからの様々な障害との闘いなどが小説という形で直に体験できる良書です。銀行員の,しかもほんの一部の人間しか体験できない話をまるでわが事のように疑似体験できるという本書の役割は,現役の銀行員はもちろん,多くのビジネスマンにとっても有益であろうと思われます。シンジゲートローンを初めて扱う新米銀行員にとっては銀行側の論理を学んで交渉に活かせる場面は多いですし,逆の立場であるボロワー側の財務担当者にとっても交渉の焦点をどこに置くべきかというような視点も養われるからです。

 ただし,金融に興味がない人には本書の内容は難しくて面白くないでしょうから,お勧め度は★4つにしておきます。別に本書の内容がわからなくても生きていけますし,知ってしまったら余計に金融が嫌いになることも予想されますし。本書は最後の最後に「あっ」と言わせる仕掛けがあちこちに仕込まれており,実は細部まで読み込まないとその面白さがわからなくなっていたりしますので,やっぱり金融に興味がある人を中心にお勧めしたいと思います。

 内容を簡単に紹介しましょう。
 本書の主人公は二人。邦銀のロンドン支店で外銀とバリバリ闘っている今西と,十数年前に今西と同じ銀行に勤めていて外銀へ転職した龍花です。龍花は邦銀のバカバカしい官僚主義のせいで行内で散々な目に遭わされ,ようやく決別して国際金融の中心プレイヤーである外資系投資銀行へ転職するわけですが,もといた銀行にいつかは復讐してやろうと企んでいたところに,元同僚の今西が手がける案件と遭遇するわけです。今西も邦銀の経営方針に疑問を抱きながらも粛々と自分の務めを果たしている。この立場の違う二人がどのような攻防を見せるのか。
 今西があらゆる根回しをして貴重な情報源をたどり,日本の優良会社のトルコ現地法人の大型投資案件への融資を見つけて積極的にアプローチすると,龍花は外銀の雄である地位を利用してさらに魅力的な条件をボロワーに提示する。そして国際金融のイロハがわからない現地法人の財務担当者をたらし込んだ龍花が勝つかなと思っていたところに,その外銀に対するTOBがかかって,結局は邦銀がトップ・レフト(主幹事)の地位を得る。
 しかし物語はここで終わりではない。龍花の邦銀へ対する復讐心はこんなことでは消えない。彼はさらなるトルコの大型案件を発掘してあらゆる手段を使って案件をつぶしにかかる。ここにエマージング・マーケットとしてのトルコのリスクがクローズアップされて,思っても見なかった事件が引き起こされる・・・。

 物語は最後の最後にさらなる意外な結末を迎えるのですが,著者はその演出に,よく言われてきた「日本では投資銀行は育たなかった」という命題へのアンチテーゼとして,ある業種の存在を持ち出します。そこにはその業種が日本において投資銀行の代わりを担ってきたことへの称賛が含まれているのですが,だらしない邦銀を描く一方で,日本全体の経済がだらしなかったのではなかったというメッセージが込められているのです。これは不勉強な僕には目が覚める思いでした。

 あらすじを全部書くと面白くないのでここらでやめましょう。いやあ,世界は広いなあ。トルコの通貨の決済方法がドルと違うということや,どれぐらいのインパクトで相場が動くのかなど,いろいろと勉強させてもらいました。一方では邦銀の内部でのバカらしい出世競争とか責任転嫁だとかも物語に花を添えるものとして描かれているのも面白い。久しぶりにハマった経済小説でした。

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