安間伸『ホントは教えたくない 資産運用のカラクリ3 〜錬金術入門篇〜』東洋経済新報社 お勧め度★★★★
(内容紹介はじめ)
世の中は裁定で動いている!裁定のカラクリを知って上手に使えば,裁定取引こそが現代の「錬金術」であることに気がつくだろう。統制経済などの政治的な裁定機会が存在する国では特権階級だけが「錬金術」によって資産を築ける。そういう市場の歪みが小さい資本主義諸国でも,資産家と呼ばれる人種は自分たちの力で裁定機会を作り出してさらに資産を築くことができる。利益が生まれるメカニズム。裁定を知ればそれが見えてくる。
(内容紹介おわり)
安間伸さんのカラクリシリーズ第3段です。前シリーズまでの「投資するには知っておかなければならない税金・手数料・リスクの知識」などに比べると必読本とまでは言えない,やや専門的な内容ですが,投資というものの原理についてじっくり考えてみたいという方にはお勧めの一冊です。
投資の原理。それは本書では「裁定」であると説かれます。そして,現代の「錬金術」とはまぎれもなく「裁定取引」のことであります。副題の錬金術入門というのは裁定取引の入門書(ただしハウツーではありません)という意味です。
というわけで本書ではとにかく「裁定」についてわかりやすく説明されています。曰く,世の中は「裁定」で動いている(第2章第2節見出し)。「裁定取引」とは「複数の商品を比較して割安なものを買い,割高なものを売ることで利益を狙う取引」(p.65)のことだと定義されるならば,確かに世の中は「裁定」の繰り返しで動いているのです。人によって「割安・割高」の水準が違うからこそ価格にひずみができて裁定チャンス(=取引チャンス)が生まれるわけですね。また「割安・割高の水準」と一口に言っても,それは個数の水準(例えば一括注文すれば単価が下がるなど)なのか,時間的な水準(例えば来年買ったほうが安くなっているだろうという判断など)なのか,あるいは他の多くの水準によって個人個人の価値観も手伝って判断されるものです。投資の場合は結果的に「価格」というインジケータに落ち着き,それを割安と考える人が買い,割高と感じる人が売る,そして両者が出会って取引が成立するというわけです。なるほど,簡単だ。そしてこの理屈を究極的に援用すれば,人生そのものも「裁定取引」なのだという結論さえ導き出されるのですが,これは後にしよう。
さて,投資に限って話を進めます。「投資」とは「現在のカネを売って,将来その価値を増やすことが期待できる資産を買うという裁定取引」のことです(p.64)。細かく言えば,例えば空売りなどは資産を売る行為なのですが,もちろん裁定取引であり「投資」です。こういう細かいことは置いておいて,では「投資」が実際になされる背景を見ていきましょう。ちなみにこれは本書で説かれている話ではなくて僕がアイデアを拝借して話を広げるものです。
個人投資家が対面する証券会社とか銀行が考えていることは,どのようにすれば投資家に「割安」と思わせるかということです。ときには明らかな法律違反で巧妙にだまし取る(割安と思わせる)業者もいれば,よくよく考えないと「やられた!」と思えないような手の込んだ広告をうつ業者もいます。他の業者の商品と比べてお得感を演出するという方法もよくとられますが,いずれも共通しているのは「将来価値が高くなる可能性が高いから(いま割安だから)買いませんか?」という姿勢。ですから意地悪く考えれば,売るほうは「割高」だと思っているんです。だから売りたい。でもそれを他者との比較だとか自社他商品との比較とか,これまでの実績だとかいろんな統計数字だとかを持ち出して「割安」感を出させるのが彼らの仕事なんです。
・・・なんて書くと銀行員に怒られますかね。昔の護送船団時代はこういうあけすけな裁定取引商品がありましたが,最近は投資信託だとか外貨預金だとか明らかに手数料目当ての商品が多いので,商品そのものについて銀行員が「割高」だと考えているわけではなく,単純には手数料がガッポリ入るから売りたいという気持ちからでしょう。でももっと意地悪く考えると,持っていたら機会損失が増え続ける割高な商品だから売るんだという「裁定取引」的な考え方ができるのです。つまり割高商品だから(=売らなければ機会損失が増えるから)売りたいというわけです。
意地悪ですかね。でも世の中は裁定で動いているという事実の証明が鮮やかになされましたので意地悪だというのは見当違い。もう一つ違う話を追加しよう。「価格は需要と供給で決まる」なんてことを経済学で勉強しますが,半分は正しくて半分は間違いです。なぜかわかりますか?
割安だと考える人と割高だと考える人が出会って価格が決まるというのが正確な記述です。割安だと考える人が需要を作って,割高だと考える人が供給を作ると考えれば,需要と供給で決まっているように見えますが,需要・供給は直接の原因ではないんです。この考え方は僕が銀行員時代に日経金融新聞を読んでいたときのコラムで勉強しました。
このように「裁定」という考え方を常に意識下におくことは非常に重要です。そしてこの考え方は別に投資に限ることではありません。普段から我々一般人がやっている行為です。同じ商品だったらポイントがつくあの店で買おうとか安い店を探して買おうとか,普通にやっていることですから。人生についても同じで,給料が同じであれば働きがいがある会社とかネームバリューがある会社だとか選ぶわけです(実際はもっと複雑な条件の下で自分なりの「割安・割高」を計算して裁定するわけですが)。
いやいや,オレは逆境が好きなんだって言ってわざわざ(他人から見れば)劣悪な状況に身を置く人もいるじゃないかって?そうです。その人は逆境が好きだという「割安」感があるから選んでいるのであって,他人から見れば「割高」だというだけです。あくまで自分個人の基準ですよ。
ここまで裁定,裁定と書いてきましたが,本書の主張はその「裁定」の機会をいかに上手に利用していくかという視点で投資を考えてみようということに他なりません。そして「金持ち」「資産家」と呼ばれる人たちは「裁定」機会を自分でどんどん作り上げていくことができるということも書かれてあります。具体的には小口化(投資信託,マンション投資,株式分割など)や賄賂,独占構造,株式公開や買収などについてです。力を持った人たちは裁定機会を自ら作り出すことでますます豊かになっていくという根本的なカラクリの種明かしがここで展開されます。もちろん「裁定」機会をどのようにして作り出しているのかということの解明なのですが,興味のある方は是非ご一読ください。
一般的には裁定取引というとサヤ取りというイメージが強く,ノーリスクでリターンを得られる方法ですからあまり良い印象をもたれていません。しかし!著者はこのような裁定取引には大きな役割があると説くのです。ネタバレですが,「価格是正のためのシグナル発信機能」のことです。価格に歪みがある(裁定機会)ものが是正されましたよというシグナルになるわけです。これで市場は秩序を維持できるんですね。だから必要悪なんですよというのが著者の主張です。この意見には賛否両論あるかもしれませんが,資本主義の現代に生きている限りは著者の主張のとおりだと僕は思います。
今回のシリーズは,投資好きでない人には理解が困難な部分があると思いますので★4つにしました。資本主義の本質を理解したい人にはお勧めの一冊です。ちなみに本書を読めば,デフレの時代は現預金が確実に価値が高まっていくので無理に投資信託だとか土地だとかに手を出す必要はない!という結論を下す日本人の聡明さが理解できます。ま,皮肉交じりの結果論ですが。価値が上がると思われるもの(割安なもの)を持ち続けていたわけですから立派な投資パフォーマンスをあげたことでしょう。こういう総括ができるようになるのも,「裁定」の概念を知っているかどうかということにかかってきますね。いい本でした。